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武田鉄平 個展「Paintings of Painting」

MAHO KUBOTA GALLERY(東京都渋谷区神宮前)

会期:2019年9月3日(火)〜10月12日(土)

 

作品を一言でいうと「肖像画」ですが、作品を目の前にして感じる印象はもっと複雑で、様々なことを考えさせられました。

 

「絵画をみる」ことについて。

作品をwebや印刷物という2次元で見て実物のタッチや質感を「想像」する。

絵具のボリューム感と力強いタッチが印象的だと思う。

そして、画廊を訪れて3次元の実物を見て「想像」とのギャップに戸惑う。

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想像していた物質としての絵具のボリュームや凹凸はそこにはなく、そう見えるように完璧に「描かれて」いる。

 

完全に自分の目が騙されていたことが分かっても、そこには存在しない絵具の厚みやタッチの凹凸を無意識に探し求めてしまう。

それは2次元の平面上で3次元のものを見ることが当たり前になっている日常の、その習慣からほとんど条件反射のように身についている行為なのかもしれない。

 

そのように思い至ったとき、なぜこのような描き方をするのか、とても気になりました。

まるで、PCやスマホの2次元の平面に写し出された3次元のものを見ている行為そのものを絵画で再現しているようにも思えます。

この作品に描かれているように描かれた絵画がどこかに存在していて、それを平面のフィルターをとおして眺めているような、そんな錯覚に陥ります。

 

「人物画」であることについて。

顔の描き方がとても独特で、大量の絵の具で塗りつぶされ、目鼻立ちなど顔の造作を認識できる要素はほとんどありません。、

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それでも、これらの作品を見て人物を描いていると「思う」のは何故だろう?

 

描かれている人物の形体は、広告媒体で目にするスタイリッシュなモデルを連想させます。

 

日常に溢れる画像のイメージ、視覚で捉えた情報をほとんど無意識のうちに大量に取り込み、記憶のなかに蓄積しているのかもしれないと思う。

作品に現れている「かたち」は、その蓄積された膨大な視覚イメージを刺激する。そして、自分の記憶と作品の形体を照らし合わせて、それが人物を描いていると「思う」。

 

かなり飛躍した考えですが、人物に関する知覚イメージが全く異なる社会ではこの作品に描かれているのは「人物」と認識されない可能性もある?この先50年後・100年後、(あり得ないけれど、例えば)過去の時代とか。。

 

この展示を見て「見えている」とはどういうことか、「何を」見ているのかという問いが生まれました。

そのもやもやした思いをなんとか言葉にしてみましたが、まだ何か掴みきれていないものがあると感じています。

とても魅力的な作品で、今後も注目していきたいです。

author:きちきち, category:ギャラリー, 22:21
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